大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

金沢地方裁判所 昭和32年(ワ)144号 判決 1960年11月09日

原告 出島勇

被告 表仕

主文

被告は原告に対し、金五万円及びこれに対する昭和三十二年五月十八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求は、これを棄却する。

訴訟費用はこれを十分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は、被告のため金二万円の担保を供するときは、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金六十万円及びこれに対する昭和三十二年五月十八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする、」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

原告は、金沢市御所町オ五番山林三反五畝十歩(以下本件山林という)を所有していたところ、昭和二十八年十一月、本件山林上の松立木を訴外寺井文次に売渡した。しかるに、被告は、その頃、何等の権原もないのに右松立木の一部を訴外宮本真之助に売却したため、同訴外人は、訴外寺井文次が右松立木の伐採、搬出を開始するや、直ちに原告並びに訴外寺井文次を代表者とする訴外寺井建材株式会社を相手取つて、当裁判所に本件山林内への立入禁止及び松立木の伐採、搬出禁止の仮処分を申請し、昭和二十九年二月二十五日、右趣旨の仮処分決定を得て、同日これを執行した。

そこで、原告は、同年三月十八日頃、訴外宮本真之助を相手取つて、当裁判所に右松立木及び伐採松材につき所有権確認訴訟(同年(ワ)一六八号)を提起したところ、被告は、同年十一月、不法にも右物件の所有権を主張して、右訴訟に当事者参加(同年(ワ)第六六八号)をなして来て、原告と争を続けたが、昭和三十一年七月六日、遂に原告勝訴の判決がなされ、右判決はそのまま確定した。

他方原告は、同年六月、さきに前記松立木の売買契約を締結した訴外寺井文次から、前記仮処分による右松立木の伐採不能等を理由として、当裁判所に、前渡金返還及び損害賠償請求訴訟(同年(ワ)第三八七号)を提起され、第一審において原告の一部敗訴の判決がなされたが、当事者双方が控訴した結果、控訴審において、昭和三十一年十一月五日、原告が訴外寺井文次に対し、金四十五万円を支払うこと等の内容の裁判上の和解が成立した。よつて原告は、右約旨に従い、同年十二月一日までに訴外寺井文次に金四十五万円を支払つたが他面前記松立木の残材を処分して金二十八万円を得たので、その差額金十七万円の損害を蒙つたことになるのであるが、右損害は、被告が不法に右松立木を訴外宮本真之助に売却したことに基因するものである。

又原告は、前記のとおり、被告が原告と訴外宮本真之助間の訴訟に当事者参加をして来て執拗に原告と争を続けたため、右訴訟において訴訟代理を委任した上野利喜雄弁護士に対し手数料及び報酬金として金八万円を支払うことを余儀なくされ、同額の損害を蒙つた外、被告との間の長年月にわたる訴訟のため多大の精神的損害を蒙り、その慰謝料の額は、金三十五万円を以て相当とするのであるが、右損害は、すべて被告が不法に前記訴訟に参加して原告と抗争したことに基因するのである。

よつて、被告は原告に対し、右損害額合計金六十万円を賠償すべき義務があるので、ここに被告に対し、右金六十万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三十二年五月十八日以降完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ。

と述べ、

被告の主張に対し、

被告の主張事実はすべてこれを争う。原告が前記松立木の不法売却行為につき、損害及び加害者を知つたのは、前記当裁判所昭和二十九年(ワ)第一六八号、同年(ワ)第六六八号事件において、原告勝訴の判決のなされた昭和三十一年七月六日であるから、右行為に関する消滅時効期間は同日から起算さるべきである。仮に被告主張のとおり、昭和二十九年二月二十七日からこれを起算すべきものであるとしても、原告は、昭和三十一年一月頃から数回にわたり、訴外西川宋久をして被告に対し、損害賠償の催告をなさしめ、又被告もその都度その賠償義務のあることを承認していたのであるから、これによつて、消滅時効は中断され、本訴提起当時未だ時効は完成していなかつたのである。

と答え

立証として、甲第一号証の一、二、第二ないし第二十六号証を提出し、証人西川宋久、同出島功の各証言及び原告本人の尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認める、と述べた。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として、

原告の主張事実中、被告が原告の所有にかかる本件山林上の松立木の一部を訴外宮本真之助に売却したこと、訴外宮本が昭和二十九年二月二十五日、原告及び訴外寺井建材株式会社に対し、原告主張の仮処分を執行したこと及び原告が訴外宮本を相手取つて、当裁判所に右松立木及び伐採松材につき所有権確認訴訟を提起したところ、被告が右訴訟に当事者参加をしたが、右訴訟においては、被告敗訴の判決がなされて確定したことは、これを認めるが、その余は争う。

被告は、昭和二十九年一月十日、前記松立木五十本をそれが自己の所有であると信じて訴外宮本真之助に代金七万五千円で売却したところ、訴外寺井建材株式会社が右松立木を原告から買受けたと称して、同年二月二十二日、その伐採を開始した。そこで、被告は、訴外宮本が前記仮処分を執行したのに続いて、同年三月二十七日、訴外宮本と共に、原告及び右訴外会社を相手取つて、当裁判所に山林境界確認及び松立木所有権確認訴訟(同年(ワ)第一九三号)を提起したところ、原告は被告及び訴外宮本に対し、右訴訟の取下と右仮処分の解放方を懇願し、右訴訟及び仮処分に関しては後日損害賠償等一切の要求をしないことを確約したので、同年四月二十三日、訴外宮本において右仮処分を解放したのである。

右のとおり、前記仮処分は、訴外宮本真之助の申請にかかるもので、被告には何等関係がなく、しかも右仮処分は、僅か二ケ月の短期間で解放され、その解放の当時伐採した松材は腐朽せず現地に存在し、以後原告は自由にこれを処分し得る状態にあつたのであるから、仮に原告が右松材に関し、何等かの損害を蒙つたとするならば、右損害はむしろ原告の過失によるものというべきである。仮に右損害について被告に何等かの責任があるとしても、原告は、前記のように被告に対し、後日損害賠償等一切の要求をしないことを確約したのであるから、これにより、原告の損害賠償請求権は消滅したのである。仮に右主張が認められないとしても、原告は、前記仮処分決定書が送達された昭和二十九年二月二十六日には本件不法行為の損害及び加害者を知つた筈であるから、三年の消滅時効期間はその翌日である同月二十七日起算さるべきである。従つて、本訴の提起された昭和三十二年四月十九日当時右消滅時効はすでに完成していたのであるから、被告はここに右時効を援用する。

又原告は、被告が原告と訴外宮本真之助間の訴訟に参加して原告と争つたことを理由として、右訴訟に要した弁護士費用及び慰藉料を請求するが、民事訴訟法上敗訴の当事者には裁判上定められた訴訟費用を支払う義務があるのみであつて、それ以外の損害を賠償する義務は全くないのである。しかも本件においては、前記松立木の所有権の帰属につき、原、被告間に争があつたため、被告は、判決によつてこれを確定して貰うために右訴訟に参加したもので、その行為には何等不法性はないのであるから、右請求には到底応じられない。

と述べ、

立証として、乙第一号証の一ないし三、第二、三号証の各一、二、第四、五号証を提出し、証人表正次、同表みつの各証言及び被告本人の尋問の結果を援用し、甲号各証の成立を認め、甲第十六号証及び甲第二十号証を利益に援用すると述べた。

理由

まず被告の本件松立木の売却行為につき、その不法行為の成否及びこれに基く損害賠償請求権の存否について判断する。

成立に争いのない甲第一号証の一、二、甲第二ないし第二十一号証、甲第二十四ないし第二十六号証、乙第一号証の一ないし三、乙第二、三号証の各一、二、乙第四号証並びに証人西川宋久、向出島功、同表正次、同表みつの各証言及び原告、被告の各本人尋問の結果(右各証言及び各本人尋問の結果中、後記認定に反する部分を除く、その部分は措信しない)を総合すれば、原告は金沢市御所町オ五番山林三反四畝十歩(本件山林)を所有していたところ、昭和二十八年十一月頃、右山林上の松立木二百七十三本(総石数九百石)を、訴外寺井文次に、代金百二十五万円、伐採期限は昭和二十九年三月末日とし、伐採の遅延する場合には、買主の便宜のため同年八月末日までこれを延期することを許容する約定で売渡したこと、被告は、原告所有の本件山林と隣接する金沢市御所町オ四番の一、畑六反六畝二十歩の前所有者であつたところ、昭和二十九年一月十日頃、原告がすでに訴外寺井文次に売渡した前記松立木の一部(約五十本)を、それが自己所有の立木であると誤信して、訴外宮本真之助に代金九万三千円で売却したこと(被告が右松立木を訴外宮本に売却したことは当事者間に争いがない)、そして、訴外寺井文次が昭和二十九年二月十日頃から、右買受にかかる松立木の伐採を開始しにところ、これを発見した訴外宮本真之助が程なく原告並びに訴外寺井文治を代表者とする訴外寺井建材株式会社を相手取つて、当裁判所に、係争山林内への立入禁止並びに右松立木の売買処分、伐採及び搬出禁止等の仮処分を申請し、同年二月二十五日、保証金二万五千円を供託した上、右趣旨の仮処分決定を得て、同日これを執行し、次いで、被告が訴外宮本と共同で、同年三月二十七日、原告及び右訴外会社を相手取つて、当裁判所に、前記山林の境界確認並びに前記松材及び松立木の所有権確認訴訟(同年(ワ)第一九三号)を提起し、他方原告は、同年三月十八日、訴外宮本を相手取つて、当裁判所に前記松立木及び伐採松材の所有権確認訴訟(同年(ワ)第一六八号)を提起したこと(訴外宮本が前記趣旨の仮処分を執行したこと及び原告が右訴訟を提起したことは当事者間に争がない)、ところが、同年四月二十三日の直前頃、原告から被告及び訴外宮本に対し、示談の申入があつたので、被告等もこれを了承し、同年四月二十三日、訴外宮本において前記仮処分を解放し、次いで、翌二十四日被告及び訴外宮本の提起した前記訴訟を取下げたこと、被告宮本は、同年五月二十日頃、原告及び訴外寺井建材株式会社に対し、前記仮処分申請に際して供託した保証金二万五千円につき、その担保取消及び供託物還付方の同意を求めたところ、その頃、原告及び右訴外会社はこれに同意したこと、他方原告は、同年六月二十一日、さきに前記松立木の売買契約を締結した訴外寺井文次から、前記仮処分による右松立木の伐採不能等を理由として、当裁判所に、前渡金返還及び損害賠償請求訴訟(同年(ワ)第三八七号)を提起され、第一審において原告の一部敗訴の判決がなされたが、当事者双方が控訴した結果控訴審(名古屋高等裁判所金沢支部)において、昭和三十一年十一月五日、(1) 原告は訴外寺井文次に対し、前記売買契約によつて受領した代金中金五十万円の支払義務のあることを認めること、

(2) 原告が右金員中四十五万円を同年十一月三十日までに支払つたときは、訴外寺井はその余の金員の支払義務を免除すること等の内容の裁判上の和解が成立したこと及び原告は右和解の趣旨に従い、同年十二月一日までに、訴外寺井文次に金四十五万円を支払つたが、他面前記松立木の残材を処分して金二十八万円を得たので、結局その差額金十七万円の損害を蒙つたことを認めることができ、他には右認定を動かすに足る証拠はない。

以上認定の事実に従えば、被告が、原告の所有にしてすでに原告が訴外寺井文次に売渡済の前記松立木を、それが自己の所有にかかるものと誤信して訴外宮本真之助に売却した行為は、まさに過失に因る不法行為というべく、これによつて原告の蒙つた前段認定の損害と右行為とは相当因果関係に立つものというべきである。被告は、前段認定の仮処分は、訴外宮本の申請にかかるもので、被告には何等関原がない旨抗争するが、右仮処分の申請人が訴外宮本であり、被告がその申請人でないことは、被告主張のとおりであるけれども、本件においては、前段認定のとおり、被告が前記松立木を自己の所有にかかるものと誤信して訴外宮本に売却したため、その買受人たる訴外宮本において、自己の右松立木に対する権利を保全する必要があると称して、前記仮処分を申請したのであるから、被告は該仮処分につき無関係とはいい得ず、右仮処分によつて原告の蒙つた損害につき、これを賠償すべき義務のあることはいうまでもない。

又被告は、前記仮処分は、僅か二ケ月の短期間で解放され、その解放の当時伐採した松材は腐朽せず、現地に存在し、以後原告は自由にこれを処分し得る状態にあつたのであるから、原告主張の損害はむしろ原告の過失によつて生じたものである旨主張するところ、前記仮処分が二ケ月の短期間で解放されたことは前段認定のとおりであるけれども、前記損害が原告の過失に基いて生じたものであることについては、これを肯認するに足る証拠がないから、右主張は採用の限りではない。

次に、被告は、昭和二十九年四月二十三日頃前記仮処分を解放するに際し、原告が被告に対して後日損害賠償等一切の要求をしないことを約したのであるから、原告の損害賠償請求権はこれにより消滅した旨主張するので、案ずるに、同年四月二十三日の直前頃、原告から被告及び訴外宮本に対し、示談の申入があつたので、被告及び訴外宮本もこれを了承して、同月二十三日、訴外宮本が前記仮処分を解放し、その後、同年五月二十日頃、訴外宮本において原告及び訴外寺井建材株式会社に対し、前記仮処分申請に際して供託した保証金につき、その担保取消及び供託物還付方の同意を求めたところ、原告及び右訴外会社がこれに同意したことは前段認定のとおりであるけれども、右同意を以て直ちに、原告が被告に対して有する前記不法行為に因る損害賠償請求権を一切放棄したものと即断することはできず、他には被告の該主張事実を認めるに足る証拠はないから、右主張も又、採用できない。

更に、被告主張の消滅時効の点について判断するに、被告は、訴外宮本真之助の申請にかかる前記仮処分決定が原告に送達された昭和二十九年二月二十六日には、原告において本件不法行為の損害及び加害者を知つた筈であるから、本訴の提起された昭和三十二年四月十九日当時消滅時効はすでに完成していた旨主張するところ、前記仮処分決定書正本が昭和二十九年二月二十六日頃、原告に送達されたことは、前顕乙第一号証の一並びに弁論の全趣旨により、これを認めることができる。ところで、右仮処分決定書には当事者(申請人は訴外宮本真之助)の表示及び決定の主文が記載されているのみで、その申請の理由即ち訴外宮本真之助がいかなる経緯によつてかかる仮処分を申請するに至つたかについては何等記載されていないのであるから、原告がかような仮処分決定書正本の送達を受けたことによつて、当然に、前記不法行為の内容殊にその加害者が被告であることを了知したものと認め得るか否かについては多少疑問の存するところであるけれども、前顕乙第二、三号証の各一及び甲第一号証の一並びに弁論の全趣旨によれば、同年二月二十五日午後、訴外宮本真之助の委任を受けた金沢地方裁判所執行吏高村基雄が本件山林に臨んで、訴外宮本、被告の夫である訴外表正次及び前記仮処分の被申請人である原告又は訴外寺井建材株式会社の雇人二名の立会のもとに前記仮処分の執行をなしたこと、その後、原告は、同年三月十八日付で、訴外宮本真之助を相手取つて、当裁判所に、前記松立木及び伐採松材の所有権確認訴訟(同年(ワ)第一六八号)を提起したが、その訴状(甲第一号証の一)には、請求の原因として、「被告(訴外宮本真之助を指す)は、別紙目録記載の松立木並びに松材を訴外の表某から買受けた処云々」との主張が記載されていること、更に、被告が訴外宮本と共同で、同年三月二十七日付で、原告及び訴外寺井建材株式会社を相手取つて、当裁判所に、前記山林の境界確認並びに前記伐採松材及び松立木の所有権確認訴訟(同年(ワ)第一九三号)を提起し、その訴状はその頃原告に送達されたが、該訴状(乙第三号証の一)には、請求の原因として、被告が昭和二十九年一月十日、本件山林上の松立木五十本を訴外宮本真之助に売却した旨の主張が記載されていることをそれぞれ認めることができ、右認定の事実に従えば、原告は、同年二月二十五日又はその直後頃(遅くとも同年三月中)、前記不法行為の加害者が被告であること及びこれによつて損害の発生した事実を知つたものと推認するに難くない。しかして、本訴提起の日が昭和三十二年四月十九日であることは記録上明らかであるから、本訴提起当時三年の消滅時効は既に完成していたものと認めるのが相当である。この点につき、原告は、昭和三十一年一月頃から数回にわたり、訴外西川宋久をして被告に対し、損害賠償の催告をなさしめ、又被告もその都度その賠償義務のあることを承認していた旨主張するところ、証人西川宋久、同出島功の各証言及び原告本人の尋問の結果中には原告の右主張に副うかのように認め得る部分があるけれども、右部分は後記証拠と対比してにわかに措信し難い。却つて、証人表正次、同表みつの各証言及び被告本人の尋問の結果によれば、訴外西川宋久が、原、被告間の当裁判所昭和二十九年(ワ)第六六八号事件の係属中、被告方を訪れて、被告及びその夫訴外表正次等に対し、和解を勧告した(原告主張のように損害賠償の催告をしたものではない。)が、被告等は、右事件については広瀬嘉一弁護士に一切委任してあるから、同弁護士の処へ行つて貰いたい旨答えて、これに取り合わず、従つて、被告等において、損害賠償義務のあることを承認したことはなかつたことを認めることができ、他には原告の該主張事実を認めるに足る証拠はないから、原告の時効中断の主張は、これを採ることができない。

以上認定のとおりで、被告の本件松立木の不法売却行為に基因する原告の損害賠償債権は、すでに時効により消滅したものというべきである。従つて、原告の被告に対する右損害賠償請求の理由なきことは明らかである。

次に、被告の訴訟参加行為につき、その不法行為の成否及びこれに因る損害額について判断する。

原告が昭和二十九年三月十八日頃訴外宮本真之助を相手取つて当裁判所に提起した本件山林上の松立木及び、伐採松材の所有権確認訴訟(同年(ワ)第一六八号)に、被告が同年十一月、右物件の所有権を主張して、当事者参加(同年(ワ)第六六八号)をなしたところ、昭和三十一年七月六日、被告敗訴の判決があつてこれがそのまま確定したことは当事者間に争がなく、右争のない事実に、前顕甲第二ないし第十五号証及び乙第三号証の一、二並びに証人西川宋久、同出島功、同表正次、同表みつの各証言及び原告、被告の各本人尋問の結果(右各証言及び各本人尋問の結果中、後記認定に反する部分を除く、その部分は措信しない)を総合すれば、被告は、昭和二年八月、先代表美農里の死亡と同時に、家督相続により、原告所有の金沢市御所町オ五番山林三反五畝十歩(本件山林)に隣接する同市同町オ四番の一、畑六反六畝二十歩(右土地は古くは、同所オ四番山林一町四反四畝歩であつたところ、その後オ四番の一外数筆に分筆された)及び同市同町ル五十六番甲畑三畝十八歩の所有権を取得し、爾来これを所有していたところ、昭和二十三年三月頃、いわゆる農地改革によつて、右各土地を政府に買収され、オ四番の一は訴外表豊二郎が、ル五十六番甲は氏名不詳の者がそれぞれその売渡を受け、その地上の立木をも含めて、その所有権を取得したこと、原告所有の本件山林と右オ四番の一との境界附近には有刺鉄線の柵が設けられ、境界の東南側の本件山林は高地で樹木が生立しており、又境界の西北側のオ四番の一は低地で畑となつていて、その境界線は明確であつたこと、しかるに被告は軽卒にも本件山林上の松立木をそれが自己の所有にかかるものと誤信して、これを訴外宮本真之助に売却し、訴外宮本が原告及び訴外寺井建材株式会社を相手取つて、前記仮処分をなして来たため、原告において、止むなく訴外宮本を相手取つて前記所有権確認訴訟を提起するや、神保重吉弁護士に訴訟代理を委任して、右訴訟に当事者参加をなしたこと及び右訴訟においては、被告たる訴外宮本は、終始口頭弁論期日に出頭せず又答弁書その他の準備書面をも提出しなかつたため、実質上は原告と参加人たる被告との争訟となつたが、原告において、証人十一名の尋問及び現場検証を求め、参加人たる被告において、証人六名の尋問及び現場検証を求め、これらの証拠調をした結果、参加申出の後、一年数ケ月を経て遂に被告敗訴の判決がなされたものであることを認めることができ、他には右認定を動かすに足る証拠はない。

そこで、被告の右訴訟参加行為につき不法行為が成立するか否かについて考えるに、およそ、不法行為は、故意又は過失に基く違法な行為により他人に損害を加えることにより成立するのであるが、如何なる行為がここにいう違法に該当するかは、個々の加害行為の態容と被侵害利益の種類との関係において、具体的事業に即してこれを決しなければならない。そして、本件のように、他人間の訴訟に当事者参加をした行為についてこれをみるに、訴の自由ないし裁判を受ける権利が強く保障されている現行法制の下においては、私人が他人間の訴訟に参加して、自己に有利な判決を求めることは一般に容認されているというべきであるから、その参加の結果敗訴したとしても、これを以て直ちに該行為それ自体が違法であるということはできず、更にこれに加えて、参加申出にあたり、自己の請求の理由なきことを知り、又は事案が極めて明らかであつて、善良な管理者の注意を払つたならば何人においても自己の請求の理由なきを知り得るのに、右の注意を欠いたためこれを知らずに、専ら相手方に損害を与え、又は自己に不当な利益を得ようとして、訴訟参加行為をなした場合、或は偽造の文書を提出し、又は証人に偽証をさせる等不法な方法で抗争した場合のように、いわば訴訟参加の自由の濫用と認むべき特別の事情の存するときに、はじめて訴訟参加行為が違法性を帯び、不法行為が成立するものと解すべきである。よつて、これを本件の場合についてみるに、前段認定の事実によれば、当時被告は原告所有の本件山林に隣接する金沢市御所町オ四番の一及び同市同町ル五十六番甲の土地及びその地上の立木につき、所有権を有しなかつたばかりか、右各土地と本件山林との境界は明確であつたのであるから、本件山林上の松立木及び伐採松材が被告の所有に属しないことは極めて明白な事実であつて、被告において、善良な管理者の注意を払つたならば、容易に右事実を知り得た筈であるのに、被告は自己の利益の主張に急な余り、かような注意を払わず、右物件が自己の所有に属するものと誤信して、前記訴訟参加をなし、一年数ケ月にわたつて原告と抗争したというのであるから、右行為につき不法行為の成立することは明らかである。

前叙のとおり、被告の訴訟参加行為の成立する以上これによつて原告の蒙つた損害中、その応訴に必要な範囲の弁護士費用その他これと相当因果関係の範囲内にあるものは、すべて被告においてこれを賠償すべき義務がある。被告は、民事訴訟法上敗訴の当事者には裁判上定められた訴訟費用を支払う義務があるのみであつて、それ以外の損害を賠償する義務はない旨抗争するが、訴訟費用に関する民事訴訟法の規定は、勝訴者が敗訴者に対し、故意、過失の有無等に関係なく同法所定の手続に従つて取立てることのできる訴訟費用の範囲を定めたものにすぎないから右の規定により、民法の適用が左右されるものでないことはいうまでもない(大審院昭和十八年十一月二日判決参照)。

そこで、原告主張の損害額について審究するに、成立に争のない甲第二十二、第二十三号証によれば、原告が前記所有権確認訴訟につき訴訟代理を委任した上野利喜雄弁護士に対し、被告が右訴訟に参加する以前の昭和二十九年四月二十一日、着手金として金三万円を、被告の参加後で右訴訟係属中の昭和三十年十一月五日、手数料及び報酬金として金五万円をそれぞれ支払つたことが認められるけれども、昭和二十九年四月二十一日支払の分は、その支払の時期からみて、訴外宮本との間の訴訟事件に関して支払われたもので、被告の前記訴訟参加行為とは無関係であるから、該行為につき生じた損害といい得ないことは明らかである。次に、昭和三十年十一月五日支払の金五万円については、それが訴外宮本との間の訴訟事件につき支払われたものか或は被告との間の訴訟事件につき支払われたものか、領収書(甲第二十三号証)の記載自体によつては必ずしも明白でないけれども、前認定の、前記訴訟においては、被告たる訴外宮本は終始期日に出頭せず、原告の主張事実を少しも争わなかつたため、実質上は原告と参加人たる被告との争訟であつた事実及びその支払の時期等を考え合わせるならば、右金員は被告との間の訴訟事件につき、手数料及び謝金として支払われたものと推認することができ、他には右認定を動かすに足る証拠はない。しかして、右訴訟参加後における該訴訟の難易、訴訟物の価格(前顕甲第二十、第二十一号証によれば、前記訴訟の目的物の価格は約四、五十万円に達することが窺われる。)等を考慮すれば前記訴訟における手数料及び謝金合計五万円は、不相当に多額であるとは認められないから、原告の支出した右費用は、被告の前記訴訟参加行為と相当因果関係の範囲内にある損害というべく、従つて、被告はこれを原告に賠償すべき義務がある。

更に、原告は、被告の前記訴訟参加行為によつて精神上の損害を蒙つた旨主張し、その慰謝料として金三十五万円の請求をするので、考えるに、およそ訴訟の当事者がその紛争の解決に至るまで多かれ少かれ精神的苦痛を味うことは通例のことであり、本件においても、老令の原告が前記訴訟の終了に至るまで一年数ケ月の間、訴訟追行のため種々の苦心、苦労をしたであろうことは容易に推察できるところであるけれども、かような精神的苦痛は、通常、生命、身体、自由、名誉等の人格権的な権利を侵害された場合のそれに比して、はるかにその程度が軽く、又その被害も多くの場合、訴訟に勝訴することにより、十分に回復されるものと考えることができる。従つて、その精神的苦痛が勝訴によつてもなお慰謝されないと認められるような特別な事情の存する場合は格別、さうでない限り、被害者は、未だ法の保護に値する程の精神的苦痛を被つたものと認めることはできない。そして、本件においては、原告の全立証を以てしても、かような特別の事情の存在することは到底これを認めることができないから、原告の慰謝料請求の理由なきことは明らかである。

以上説示の次第で、原告の本訴請求中、被告の前記訴訟参加行為に因る損害として、金五万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三十二年五月十八日以降完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分はその理由があるので、これを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を、仮執行宣言につき同法第百九十六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松岡登)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例